図鑑
ドーベルマン
注意深く、機敏で、心も体もシャープ。
飼い主を守る気持ちの強い護身用番犬
英名
Dobermann、Doberman Pinscher
原産国名
Dobermann
FCIグルーピング
2G 使役犬
FCI-No.
143
サイズ
原産国
特徴
歴史
ハガネの肉体と、一寸の狂いもないような強靱な精神力を持つ、美しい犬。黒い外貌と、キリッと切った耳は「強そう」「怖そう」という印象を与え、銃社会のアメリカなどではロットワイラーと並び、護身用、屋敷の警護用にお金持ちのセレブやはたまた強そうな犬を好む少々ガラの悪い方達からも支持されている。ビバリーヒルズのお屋敷街で、高い門の向こうで5頭以上のドーベルマンたちが目を光らせ、来訪者を容赦なく見張っている姿を見かけたことがある。どんな警備システムよりもコワイ。鋭敏で、強靱で、勇敢で、飼い主には忠実だが他者に対しては攻撃性を発揮する、信頼できるガードドッグである。
この犬を作るきっかけとなった人は、ドイツ中部に位置するチューリンゲン(ティーリンゲン)州アポルダ市出身のカール・フリードリッヒ・ルイス・ドーベルマン氏(Karl Friedrich Louis Dobermann。1834-1894。1891没という資料もある)。彼の名前をとって犬種名となった。
つまりもし日本だったら「サトウさんが連れている犬」が転じて「サトウ」という犬種名が定着したのと同じ。ただアメリカでは、人名のスペルを間違えたらしくDoberman Pinscherとなっている。Dobermannのnのスペルが1つ足りない。原産国ドイツやFCI(国際畜犬連盟)、JKCではDobermannが採用されている。
ドーベルマン氏の職業は、犬捕り(野犬狩り)、動物死体回収、税金取り立て、夜警、皮剥屋など。そうした職業柄、用心棒が必要だった。「人間をも攻撃し、棍棒や銃にも決してひるまない犬」を希望したとある。一説によると、彼は地元の動物保護施設(当時の野犬収容施設か)の管理者でもあったようで、さまざまな犬を利用できる立場にあったらしい。集めてきた攻撃性の高い犬たちを掛け合わせて、彼が望む強い犬を作っていた。ただし、どんな犬を交配させたかの記録は残していない。彼はおそらく、犬種改良の知識や高い志を持って計画繁殖に臨んだというより、アンダーグラウンド的な繁殖だったのかもしれない(現代でもそうして攻撃性だけを重視した闘犬種を作っている人たちもいる)。
とにかく見るからに恐ろしげで他人を寄せ付けない攻撃性の高い、強靱な犬を産ませていた感がある。そのためか彼の功績を賛美する人たちと、野蛮だとする人たちとで意見が分かれているようだ。
ともあれ、交配に使われた犬種が何だったかについては正規の記録がないので、さまざまな犬が推察されている。ブッチャー・ドッグ:肉屋の犬(ロットワイラーらしい)×地元の牧羊犬のミックス犬、ジャーマン・ピンシャー、いまは亡きチューリンゲン・シェパード(もしかしたらジャーマン・シェパードの先祖犬の1つかも)、ボースロン(フランス原産の古い護羊犬。近代は軍用犬・警察犬・ガードドッグとして活躍。ブラック&タン色の短毛種)などだったとされる。後にマンチェスター・テリア(テリアは興奮度が高い)、グレーハウンド、イノシシ狩りなどにも使われるジャーマン・ポインター、ワイマラナーなども挙げられている。まさしく、ドイツにいた強い犬の闇鍋のようだ。
ドーベルマン氏の死後の、ドーベルマンの変遷の写真を見ると、1897年頃の犬は今よりも体高は低め、ボディもがっしり太めで、今でいうなら体高低めのロットワイラー×ドーベルマンのミックスのような体つき。頭骨も大きく、耳は引きちぎられないためではあろうか、闘犬のスタフォードシャー・テリアや南欧のマスチフのように非常に小さい三角形に断耳されている。
1899年には犬種として定着し、翌年の1900年にジャーマン・ケネル・クラブによって正式に1犬種として公認された。初めてドッグショーに出陳されたのは、1902年のスイスでのショーである。
1900年に入った頃から、だんだん足もスラッと長くなり、ボディもシュッと精悍になり、少しずつ私達が知っている現代のドーベルマンの姿になっていった。おそらくこの頃から当初の「生きている武器」だった犬から改良されて、ショードッグや家庭犬にもなる、感情を抑制できる気質へ導かれたのだろう。そう考えると、本犬種の成り立ちにはドーベルマン氏だけでなく、1900年代に入ってからのファンシャーの功績が大きいように思える。
日本に輸入されたのは大正時代。軍用犬として日本軍に迎えられたらしい。昭和に入り、一般家庭での飼育も増えた。軍用犬の適応犬種とされるジャーマン・シェパード・ドッグやエアデール・テリアと共に、洋犬の中では早い時期から日本に入った犬だったようだ。
しかし第二次世界大戦中、戦地へ従軍するほどそれなりに数もいたであろう本犬種は、戦況の悪化とともに数が激減。ドーベルマンが再び日本で復活するのは、戦後の1950年代以降とされる。
現代の日本では、警察犬としてトレーニングされている犬もいるが、ほとんどが家庭犬やショードッグ。日本は治安がいいから、アメリカのようにそこまで本格的に護衛犬・警備犬として使役に使う家庭は多くない。しかし残念ながら、本来の警戒心の強さ、家族を守ろうとする忠誠心、はたまた不適切なトレーニングや管理不足などから、国内での咬傷事件がたまにニュースとなる犬種でもある
。また、昔ながらの攻撃性・過敏性を残すタイプや、社会化不足、またはわざと攻撃性を強化する訓練の結果、神経質で過敏、他人や他犬への攻撃性が強い犬もいる。そのためコントロール不能となって飼いきれずに捨てられてしまう例も聞くし、たとえ飼い主は手放したくなくても他人を咬んだために安楽死を勧められるケースもある。
見かけの格好良さ、強い犬への憧れだけでこの犬を選ぶことは許されない。社会的影響力のある犬だけに、ドーベルマンの名誉のためにも、この犬種の本来の実力、性能を活かし、きちんと訓育できる人だけに迎えることが許される犬である。
外見
すらりと精悍で、たくましく、美しいシャープな外貌。強さ、スマートさ、タフさ、俊敏さなどを犬に求める人にとってはこの上なく魅力的な犬。スマートなカッコよさ、理知的な表情、頼りになる強さでは犬界トップクラスといえる。
犬種スタンダードでは、体高は、オスで68〜72cm、メス63〜68cm。体重は,オス40〜45kg、メス32〜35kg。けっこう大きい。超大型犬のくくりに入れるほどではないが、大型犬の中でも上限レベルで大きい。ただ日本では、スタンダードより小さめの犬もよく見かける。
体躯構成はほぼスクエア。つまり体高:胴の長さが1:1。こどもを妊娠するメスは、オスよりも少し胴長でも許される。
別名「ドーベルマン・ピンシャー」「ドーベルマン・ピンシェル」とも呼ばれる犬なので、まずピンシャー(ピンシェル)とは何かについて説明したい。ピンシャーと名の付く犬種には、日本でもよくいるミニチュア・ピンシャー(ドイツ原産。体重4〜6kg。スムースヘア)や、ほぼ日本では見ることのないジャーマン・ピンシャー(ドイツ原産。体重11〜16kg。スムースヘア)、アーフェン・ピンシャー(ドイツ原産。体重4〜6kg。ラフヘア)などがいる。
ときどき犬種について書かれているサイトなどで「ピンシャー=テリア」という記述を見かけるが、これは明らかに間違いだ。そもそもピンシャーという名称は、一定の形や犬種グループを呼んだのではなく、毛質を指した言葉だった。当時はフランス語の「グリフォン」と同じく、ボサボサ毛のラフヘアのことをピンシャーと呼んだという。しかしその後ドイツ語圏では、ピンシャーは、ボサボサ毛のアーフェン・ピンシャーを除いて、みんなツルツルした滑毛種(スムースヘア)の犬のことを指すようになった。
ちなみに「ピンシャー」のことを、英語のpinchから来てるのか「つまむもの」「はさむもの」などが由来とする俗説もあるがこれも間違いだろう。なぜドイツ原産の犬に、英語のpinchの引用説がでてきたのか不明だが、ともかく「DUDEN」(ドイツで最も権威のある辞書)によると「(ピンシャーの)語源は不明。可能性としては『ピンツガウアー』、ドイツと隣接するオーストリアのザルツブルク州、ツェル・アム・ゼー郡(俗称・ピンツガウ)地方で作られた犬のタイプをそう呼んだ」とある。ピンツガウ地方にいた犬が、ボサボサ毛のラフ・ヘアーの犬だったかどうかの記述はないが、ともあれピンチャーは英語の「つまむもの」説より、ドイツ近隣の地名説が有力だ。
かたやボサボサのラフヘアやワイヤーヘアだったワイヤー(ラフ)ヘア・ステーブル・ピンシャー(訳すると「ボサボサ毛の農家のピンシャー」)は、今ではスタンダード・シュナウザー(ドイツ原産。体重14〜20kg。日本ではほぼ見ない)と呼ばれ、ワイヤー(ラフ)ヘア・ミニチュア・ピンシャー(訳すると「ボサボサ毛の小さなピンシャー」)は日本でもよく見かけるミニチュア・シュナウザー(ドイツ原産・体重4〜8kg)と、名前が変わっていった。
現在では、ピンシャーは、以下の3つの条件を満たす犬である。
・ ツルツルした滑毛種(スムースヘア)
・ コンパクトでスクエア(体高:体長=1:1)な体躯構成
・ 平たい頭蓋骨(横から見ると鼻の付け根のストップが浅い。顔を正面から見るとマズルにかけて緩い三角形の輪廓)
ちなみにシュナウザーは、ピンシャーと体躯構成や頭蓋骨の形は類似しているけれど、毛質が違う。ボサボサのラフヘアだ。シュナウザーを丸刈りにすると、若干のプロポーションの差はあれど、顔の形や体つきが見事にピンシャーになるそうだ。興味深い。
FCIのグループ分けでは、第2グループ「ピンシャー&シュナウザー、モロシアン犬種、スイス・マウンテン・ドッグ&スイス・キャトル・ドッグ、関連犬種」と、ピンシャーとシュナウザーは同じくくりにされている。一方テリアは、第3グループで独立している。ピンシャー&シュナウザーは、テリアとは系統が違う。
ともあれ話を戻すと、ドーベルマンも、ツルツルした滑毛種(スムースヘア)、スクエアの体躯、平たい頭蓋骨の持ち主、ということでピンシャーの仲間である。もしかするとジャイアント・シュナウザー(ドイツ原産、体重35〜47kg。体高60〜70cm。ドーベルマンとほぼ同サイズ)を丸刈りにしたら、ドーベルマンとよく似ているのかもしれない。
さて、ドーベルマンの目は、中くらいの大きさのオーバル(卵型)。色はダーク(暗色)。被毛色がブラウンの犬については明るめの色調が認められている。鼻も同じく、ブラックの被毛の場合はブラック、ブラウンの被毛の場合は明るめの色調。唇の色も同様。
マズルはスカルのサイズと適度に比例しており、頑丈に発達している。昔のたくましい仕事を思わせる深いマズルだ。口の開きは幅広く、後臼歯の位置まで達する。つまり毒ヘビのように、カパッと大きく口を開けることができる造りをしている。
優美な弧を描く長めの首も印象的。真っ直ぐに頭を保持し、自信に満ちている姿がよけいに凛々しい。もし、いつも頭を下げて歩くようなら頸椎や背骨に異常がある可能性があるので獣医師に相談した方がよい。
耳や尾は、強そうなイメージを出すために、慣習的に断耳・断尾されてきたが、現在ではヨーロッパの多くの国では動物福祉の観点から法律で禁止されている。日本やアメリカではまだショードッグは切られることが多いが、家庭犬では切らない犬も増えている。切らなければ、耳は中くらいの大きさで、先っぽが頬に届くくらいの長さ。恐そうなイメージが薄れ、愛らしい、チャーミングな印象となる。
被毛は、短く、堅く、密生した滑毛(スムースヘア)。ボディ全体にぴったりとなめらかに広がる。アンダーコートは基本ないとされるので、アンダーコートのあるタイプの滑毛種より抜け毛は少ないと思われるが、それでも短い針のような毛は抜ける。ブラッシングはラバーブラシや豚毛ブラシなどで週2〜3回行う。
シャンプーは簡単。体の大きな犬であっても、洗うのや乾燥が手早くできるのは滑毛種の魅力。
下痢のときでも毛につくなどの苦労はない。将来的に介護を見据えてもその点は楽だ。
ただし爪切りや肛門嚢絞り、耳掃除などは定期的に必要なので、やり方が分からない場合は、獣医師やブリーダーから教えてもらっておくこと。
被毛色は、ブラック&タン(ブラックの地色に黄褐色のマーキング)、またはブラウン&タン(チョコレート&タンともいう。ブラウンの地色に黄褐色のマーキング)。タン(黄褐色)の箇所は、麻呂眉のような眉毛部分、胸の一部分、四肢の先、腹部、しっぽの下側。
犬種スタンダードでは、前胸の大きな白斑(はくはん)や、指先に白斑があるものは失格。
また劣性遺伝子のブルー(青っぽい墨色)やイザベラ(薄茶。フォーンに似た赤みのある薄い茶色)は「好ましくない」と書いてある。
本来、ブラック/ブラウンであるはずのボディの毛色が、劣性遺伝子によりブルーやイザベラが発現する「ブルー・ドッグ・シンドローム」という遺伝子疾患がある。劣性遺伝子を持つ犬同士の交配で出現しやすい。この遺伝子疾患は健康面での問題が起きるリスクが高まる。
淡色脱毛症、毛包炎、湿疹などが起きやすく、皮膚のバリア機能が低くて、皮膚が受けるストレスから体全体の免疫力の低下も見られる。お金儲け主義の職業ブリーダーや繁殖業者の「珍しい希少な色ですよ」というふざけた言葉に騙されず、色素の濃い、健全な犬を選ぶようにしたい。その方が、将来的に獣医療費も削減できるし、何よりも愛犬の辛そうな姿を見るリスクが減る。
しかしイザベラ色の個体は、産まれたときから被毛色が薄いことが分かるが、ブルー色の個体は普通の色に産まれて、生後6か月くらいで毛がブルーに変わっていくという。通常それよりも幼い時点で母犬から離され、新しい飼い主の元へ譲られるので、子犬が家族の一員になったあとにブルー・ドッグ・シンドロームだと判明することになる。そういう子犬を産ませないように計画繁殖を行っている、ドーベルマンの未来をちゃんと考えている志の高いホビー・ブリーダーを探すことが重要だ。
ちなみにアメリカのAKCでは、このブルーやイザベラの犬もスタンダードで認めているようだ。そのためアメリカからの情報が多く入る日本では情報が錯綜している恐れがあり、ブルーやイザベラの個体を「珍しいからより貴重」と宣伝する危険性がある。しかもアメリカでは、ホワイトの体毛のドーベルマンも生まれているとのこと。これ以上、劣性遺伝子の遺伝性疾患が広まらないように願う。
動物福祉に適う健康面の正しい知識や、なるべくリスクの少ない健全な子犬を迎えるための情報などを、飼い主は蓄えるようにしないといけない。劣性遺伝の知識もなく、遺伝子検査もしないでブラウン&タン同士のオス/メスを掛け合わせて子犬をつくるような繁殖屋は、虐待繁殖をしていることになるのだから、そういう業者から犬は買わないようにする。
ちなみにブラック&タンもブラウン&タンでも、見た目では劣性遺伝子を持っているかどうかは判断できない。でもDNA検査を行うことにより、事前に分かる。繁殖に使う両親犬にそうした検査をきちんと行っているかどうかをブリーダーに確認するとよい。
毛色
なりやすい病気
遺伝性
若年性腎疾患
若年性白内障
拡張型心筋症
ウォーブラー症候群
銅関連肝疾患
肥大性骨ジストロフィー
椎間板疾患ハンセンII型
ナルコレプシー
フォン・ウィルブランド病
カラーミュータント脱毛症
心室中隔欠損症
慢性活動性肝炎
強迫性障害
糖尿病
先天性前庭症候群
先天性
その他
悪性血管内皮腫
骨肉腫
結膜炎
胃捻転
肢端舐性皮膚炎
魅力的なところ
警察犬・軍用犬にもなる高い訓練性能。犬のトレーニングを楽しみたい人向き。
運動性能も高く、タフ。体育会系飼い主向き。
頭の回転が速く、敏感に反応する。意志も強い。それだけに玄人向き。
他人にはつれない(基本、他人は信用しない)。その分飼い主への忠誠心が高い。
飼い主にだけ見せる素直な従順さ。そのギャップがたまらない。
強面でスレンダーで筋骨たくましい。カッコよくて、美しい犬。
お屋敷の番犬・護衛犬が欲しい人向き。
毛の手入れは楽。
大変なところ
賢く、過敏なほど敏感なので、トレーニングにコツがいる。ビギナーには扱えない。
攻撃性をコントロールできないなら飼ってはいけない。
元来しっかり者の自立心の高い犬なので、トレーニングしなければ暴君になる恐れ。
育て方を間違えると、他人はおろか家族でも咬むことがある。
犬から信頼される飼い主にならないといけない。一貫性のある飼い主がよい。
運動欲求が高く、働き者なので、刺激不足だとストレスで問題行動を起こす。
優秀な番犬になる分、警戒心が強く、吠え声が問題となる可能性あり(トレーニングで抑制することは可能)。
パワフルな大型犬。力は強い。トレーニングなしで非力な人には無理。
既成のイメージから他人から「恐い」「凶暴そう」と見られがち。
遺伝性疾患はじめ病気は多い。
病気の問題、性質の問題があるので、良識のあるブリーダー探しが必要。
急死する可能性のある胃捻転に注意。
まとめ
この犬と暮らしたいと思ったら相当の覚悟が必要
ドーベルマンといえば、すぐに「恐い」「咬みつきそう」と言われてしまう可能性大。それはファンシャーにしてみれば大変失礼な話しではあるが、でもこの犬が最強のボディガードとして作出され、改良された歴史があるのは事実。よい血統と子犬の頃からの教育(社会化トレーニングや服従訓練など)があれば、穏やかで(=過敏ではなく)、フレンドリー(=他犬・他人とも仲良くでき)、人間の子供の相手を忍耐強く務める(=優秀な伴侶犬)、優しいドーベルマンになる可能性は十分ある。
しかし、やはり血統と教育次第では、昔さながらに他犬や他人への攻撃性が高く、神経過敏で、容赦なく相手を「敵」とみなして向かっていく犬もおり、それを「勇敢」といえば聞こえはいいが、一歩間違えば「凶暴」と言われても仕方がない犬も存在する。
だから、この犬と暮らしたいと思ったら、生半可な気持ちで迎えるのは許されない。非常にハードルの高い犬である。気軽に飼っては絶対にいけない。
犬の性質は、血統(遺伝)が半分、教育(環境)が半分である。教育に関しては、飼い主の頑張りである。しかし、血統に関しては飼い主が頑張ることができない。よって、家庭犬として少しでも扱いやすい犬を望むなら、よい家庭犬としてのドーベルマンを作出する努力を惜しまないホビー・ブリーダー(営利ではなく、ドーベルマン・ファンシャーが犬種の未来を考えて繁殖計画をしているブリーダー)を探すことが欠かせない。できるだけ攻撃性が低く、犬自身が自分で興奮を抑制でき、過剰な吠えをしないような、家庭犬としてふさわしい性質を重視して親犬を選んで繁殖しているブリーダーを探そう。
そして、できるだけ性格の安定した子犬を無事にブリーダーから譲ってもらったら、今度は飼い主が頑張る番だ。犬のトレーニングをしたことがない人ならば、まずトレーナーに相談し、きっちりトレーニングを始めることが必要。トレーニングは犬が習うのではなく、飼い主が学ぶ必要があるので、飼い主はトレーニングにかかる費用と時間を捻出しなければいけない。
さらにトレーニングは一生続く。運動不足や脳への刺激不足、絆不足からくる問題行動を起こさせないように、何歳になっても継続してトレーニングを施し、たっぷり運動をかけ、愛情を注ぎ、ずっと最高の相棒でいてくれるように毎日努力する。そうすればドーベルマンは理知的な犬なので、理想のコンパニオンになる可能性が高くなる。実際、そういう素晴らしいドーベルマンもたくさんいる。
でも、どんなにトレーニング等をすべて頑張っても、血統や家系、遺伝子による個性は、飼い主の頑張りで変えられないこともある。だからブリーダー選びは慎重にしなくてはならないのだが、それでも生き物なので100%思うとおりにはいかないこともある。もし興奮性・攻撃性・過敏性などが高い犬に育ってしまったとしても、愛犬を最後まで見捨てずに、守りきる覚悟はあるのか。それをまず自問自答して、覚悟を決めていただきたい。
また中には「ケンカをさせたいわけではないけれど、内心、強い犬が自慢で、ちょっと攻撃性があってもいいから、周囲に一目置かれたい」「番犬やボディガードとして強い犬が欲しい」という気持ちのあるオーナーもいるだろう。でも、ドーベルマンを使い捨ての道具にすることは許されない。命のある生き物である。自尊心や虚栄心のために犬を飼ってはいけないし、自分で散歩もできない犬を飼ってはいけない。防犯や警備をまかせたいなら、そういう会社に依頼した方がお互い(犬と飼い主)のため、社会のためである。
領土防衛・警戒咆哮は犬界トップクラス。最強のボディガード
アメリカの動物行動学の専門家によると、ドーベルマンは「典型的な警備犬、護身用番犬」とあり、テリトリーを守るうえで欠かせない領土防衛と警戒咆哮の項目は、犬種の中でトップグループ。全体像は、ジャーマン・シェパード・ドッグ、ロット・ワイラー、秋田犬と似通っている。
よってドーベルマンは、お屋敷の番犬が欲しい人にとっては最良の番犬となる。女性が夜道を歩くときも、これほど頼りになるボディガードはいないだろう(たぶんそこらの彼氏よりも役に立つ)。かっちりとトレーニングされた大きなドーベルマンが、美しいオトナの女性と夜道を歩く姿を見かけるが、飼い主の左側に寄り添い、従順に、かつ凛として歩く姿に、なんて賢くカッコいいんだと、ため息がでそうになる。ドーベルマンに憧れてしまう気持ちはよくわかる。
でもつまりボディガードが本業の犬なだけに、マンションなど隣の住人が廊下を通るたびに警戒して吠えやすい。もちろん警察犬になるほど訓練性能の高い犬なので「一定の条件の人(廊下を歩く隣人)やピンポンには、いちいち吠えないで」と教えることはできる。しかし、自分で教えてもうまくいかないときは早めにトレーナーに相談した方がよい。ただもともと防衛本能の強い犬なのは間違いないので、ご近所トラブルになりやすい住環境に住む人は、ドーベルマンを迎えて大丈夫か、トレーニング期間中(明日からすぐに鳴かなくなるわけではないので多少の期間はかかる)は大丈夫か、トレーニング費用は捻出できるか、などを事前によく検討しよう。
またテリトリー意識が強く、縄張りや飼い主を守ろうとする気持ちが強い分、ほかの犬に向かっていきやすい。その攻撃的な瞬発力をコントロールするためには、飼い主側にも敏捷性や腕力が必要。非力な女性や高齢者などは、いくら犬に護衛してほしい立場とはいえ、いざというときに犬を制御できない人は、責任者として不適格である。
ただ一般論として他犬への攻撃性を和らげたいのなら、オスではなくメスを検討する方がよいだろう。メスの方がオスよりは体格も小さめで扱いやすい。でも他人から見れば、立派に強そうなドーベルマンには変わりはなく、また吠え声もちゃんと大きいし、領土防衛の仕事にも熱心だから、十分泥棒除けにはなる。
余談だが、前述した動物行動学者によると、ドーベルマンは、アメリカでポピュラーに飼育されている56犬種の中で、服従性は2番目に好成績だった。見た目の恐そうな顔つきにもかかわらず、飼い主にだけはとても服従する、忠誠心の厚い犬なのだ。
もうひとつ、ユニークな特徴として、トイレのしつけが56犬種中のトップだということ。つまりトイレを早く覚え、粗相が少ないという、意外な(?)才覚がある。なぜドーベルマンが抜きんでてトイレのしつけが優秀なのかは分からないが、もしかすると神経質な性格がよい意味で関係しているのかもしれない。ちなみにその56犬種の中に秋田犬も入っているが同じくトイレのしつけは好成績。日本犬もトイレの粗相は少ないとされるが、番犬気質に加えてドイツのドーベルマンと日本犬がなぜか似通った点があるというのが興味深い。
運動性能も高い。タフで機敏。運動管理もしっかりと
当然ながら運動欲求量も高い。脚側歩行(飼い主の足のそばについて歩くこと)を教えれば、リードを引っ張ることもなく、賢く散歩のお伴をしてくれるが、しかしその状態は犬にとってはただの訓練モード、仕事モード。ずっと仕事モードのままでは犬も気の毒だし、また人間の歩く速度ではとうていドーベルマンの運動欲求を満たさない。
よって歩道を歩いて公園などまでは脚側歩行でも、ドッグランなどの広い場所でしっかり運動をさせてあげることが大切。どんなにしっかりトレーニングが入っている聞きわけのよい子でも犬は犬。自由に駆け回り、葉っぱなどのニオイを嗅ぎ、はしゃぐ時間を与えることが必要。そうすることに心の健康が保たれ、また美しい筋肉もつく。
しかし他犬への攻撃性などがある場合は、ほかの犬が遊んでいるドッグランに放すのは問題が勃発しやすいので避けるべき。誰もいない時間帯に行くとか、貸切ドッグランで遊ばせるとか、自転車引き運動を取り入れるなど、愛犬の運動欲求を満たす努力と、ほかの犬や人に迷惑のかからない手段を模索する必要がある。これがけっこう苦労する。飼い主は頑張るしかない。
遺伝性疾患はじめ病気は多い。ブリーダー選びと病気の早期発見が大事
かなり人為的に犬種改良された犬なので、遺伝性疾患およびかかりやすい病気が多い。腎臓、心臓、目、ガンなどの遺伝性疾患や大型犬種で多い病気のほか、ナルコレプシー(昼夜問わずに猛烈な眠気に襲われる睡眠発作)や常同障害(人間でいう強迫性神経症のように過度の反復行動を行う精神疾患)といった特殊な病気もでている。
遺伝性の病気であれば、繁殖候補犬には現在調べることのできる検査をすべて行い、病気の因子を持つ犬は繁殖犬に使わないようにすれば、少しずつ遺伝性疾患は淘汰できる。そういう努力をしている志の高い非営利のブリーダーから子犬を譲ってもらうことが大事だ。職業ブリーダーや繁殖業者は営利優先で遺伝子検査等を優先しないので避ける。
でもそうはいっても生き物なので、病気のリスクはゼロにはならない。もしも病気を発症したときにもすぐ対応できるように、日頃からドーベルマンを飼っている人たちとのネットワークや愛犬の実家(ブリーダー)などと情報交換をよくして、病気の知識を蓄えておこう。そしてやっぱり大事なのが病気の早期発見。普段から愛犬のことをよく観察し、小さな異変にも早くに気がついてあげるようにする。
ちなみに胃捻転で急死する個体も少なくない。胃捻転についての知識を情報収集し、胃捻転をなるべく起こさせない生活習慣、食事管理に努める。万が一のときのために、元気なときから近所の夜間の救急病院を調べておくことも忘れずに。胃捻転は1分1秒を争う事態なのだから。
このページ情報は,2014/11/08時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
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